What A Wonderful World〜限りある生命 儚さを閉じ込めて〜
「未だ見ぬ味覚や香り・・・・・・まだまだ世界中には“知りたくなるような楽しいこと”がいっぱいある」、今年はそういうことをテーマにして、特に“香り”に注目して表現したショコラを創った。
「香り」は強い風でも吹こうものなら一瞬で消えてしまう“儚いもの”。僕の好きな昆虫の中にも、“儚さ”の代名詞のような昆虫がいる。その昆虫は一生の大半を地中で過ごし、成虫になって地上に出てからは約1週間しか生きられないと言われている。しかし、ふと虫の気持ちになって考えてみる。成虫になって過ごす一週間が一番充実していると感じているのだろうか? もしかすると、その昆虫にとっては地中で過ごす時間のほうが特別だったのかもしれない。だがその答えは、昆虫本人しか知らない。
4つの作品を一つの交響曲に例えるなら、“主題”に当たる作品が「No.3 カシスの新芽&ロマネ・コンティ(フィーヌ・ド・ブルゴーニュ)」だ。カシスという植物が一番輝いているのは、果実が実り、熟して美味しくなったときだ、と言う人が多いだろう。昨年の10月に訪問したニュイサンジョルジュのカシス農園でその思い込みは大きく覆された。農園で「これ、指で潰して嗅いでみて」と言われて嗅いだのが「カシスの新芽」。その香りは、カシスの香り、若葉のような緑の香りの中にスパイシーさもあり、とても魅力的だった。実は、ここに来る前日にディナーで入ったレストランで、ある料理にコショウのような使われ方をしていたのが、この素晴らしいポテンシャルを持つカシスの新芽を乾燥させてパウダーにした「ポワブル・カシス(カシスのコショウ)」だった。出会った時点ですでに興味が湧いていたが、農園で実際に生の香りを体験し「この香りをショコラで表現したら、きっと素晴らしい作品ができるだろう」と確信した。このNo.3のショコラには、カシスの新芽がメインの素材であり、フルーティーさを引き出すカシスの果汁も入っている。さらに、これに合わせたのは、カシス農園から車で5分ほどの距離にあるという「ロマネ・コンティ」のフィーヌ。最後はテロワールに導かれ、このNo.3は完成した。
昆虫が土の中で過ごす時間も、カシスに果実が生る前の新芽の時も、どんな生き物も素材にも一瞬々々輝く瞬間があり、そこに目を向ければ未知の世界のまだまだ広がりがあることを知ることになるが、だからこそもっと知りたいし、ショコラにその“一瞬の輝き”を閉じ込め、伝えたい。皆さんも味わったことのない未知の素材はカカオと出会い、食べ手の口の中ではじめてその輝きを取り戻す。そうしてこの世界にはまだまだ皆さんの知らない“Wonderful World”が広がっていることを伝えていくのが僕の使命だ。